今は行かないけど、旅に出たいな2021年04月14日 10時25分20秒

象潟
現在、JR東日本の『大人の休日倶楽部』のCMで、秋田県にかほ市の九十九島が紹介されています。
この地「象潟(きさかた)」は、私の地元浅草の旧町名です。
ぜひ、ご覧下さい。

○九十九島
「九十九島(くじゅうくしま)」は、にかほ市象潟にある、国の天然記念物に指定されている場所です。
昔は湖の中に大小さまざまな島が浮かんでいて、江戸時代に「東の松島 西の象潟」と呼ばれていたほどの景勝地でした。
その後、文化元年(1804年)に起こった象潟地震で地面が隆起し、陸地の上に100以上の小島が点在しているという不思議な風景になったのです。

***旧町名由来案内「浅草象潟町・同象潟一、二、三丁目」***

延宝五年(1677)の頃、この地に秋田の本庄藩主六郷邸が造られた。この六郷氏の領国にある鳥海山西麓の海岸には名勝の地象潟があり、この地名をとって、明治五年に浅草象潟町は名付けられた。象潟は風光明媚で、仙台の松島とならび称されるほどであったが、文久元年(1861)の地震で土地が隆起し、現在では田圃となっている。
昭和九年、浅草象潟一、二、三丁目の誕生にともない、浅草象潟町は東側の大部分が同二丁目に変わったことから、それまでの十分の一の広さになった。
町名を付ける場合、旧藩名を使う例は多いが、本町のように名勝地の名をとってつけられたのは珍しい。

あれ、地震の起きた年代が違いますね。
調べたら台東区の「旧町名由来案内」資料が間違っていたようです。
さっそく、台東区へ連絡したいと思います。

その後、台東区へ連絡しましたが、私の持っている台東区の歴史を調査していた人の資料によれば、「文久元年(1861)」が使われ、25年前の朝日新聞の記事と秋田県の資料では「文化元年(1804年)」が使われていました。
秋田県が間違えることは無いだろうとすれば、「台東区の歴史を調査していた人」が間違えたのか、資料の校正ミスだった可能性もありますね。
何か、象潟の地名について、ディープなところに頭を突っ込みそうですね。

それにしても、吉永小百合さんはいつまでも若いですね。

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