何故か、懐かしい2020年07月09日 10時31分59秒

次のニュースがありました。
それにしても、何故こんなに天候が悪い時に上高地へ来たのでしょうか。
事情はそれぞれあるのでしょうが、上高地へ向かう道路は雨量制限があり、通行止めにもなるし、山を切り開いてできた道路ですから、土砂崩れも容易に想像できますね。

「長野 松本 上高地で219人が孤立状態  2020年7月8日 23時16分

松本市によりますと上高地では、国道158号が土砂崩れで通れなくなり、8日午後5時の時点で5つの宿泊施設の宿泊客と従業員、合わせて219人の孤立状態が続いているということです。」

今から30数年前、確か関越自動車道は開通していたと思いますが、北陸道は全線開通していなかった時期と思います。
地図を見て、長野・松本市から国道158号線へ入り、安房トンネルを通過し、岐阜の高山から飛騨清見へ、そこから御母衣ダムへ続く国道156号線から白川郷を経由し、越中・五箇山の家内の実家へ帰省したことがあります。
当時、乗っていた車は軽1BOXのスズキ エブリィでしたね。
幼子を乗せて行きましたが、エアコンの冷気が後部座席まで届かず、車内は暑かったことを覚えています。(笑)

ただただ、気合と根性で運転していましたよ。私も若かったですねぇ。
その時、上高地の案内板があり、上高地にも近いことを知りました。
今回、土砂崩れを起こした国道158号線は、この時初めて通りましたが、軽自動車では登坂車線を通るなど、大変な運転でしたね。
本当に気合と根性の運転でしたよ。(笑)
浅草から五箇山まで、片道約600Kmの道のりで、一般道も多かったので9~10時間くらいはかかりましたよ。

運転に苦労した思い出ですが、すごい山道を通ってきたものだと思いました。
ちなみに、帰りは国道156号線を走り、愛知・名神高速一宮ICから東名高速で東京まで戻りました。
良い思い出ですし、いいルートを走ったな、と思いましたよ。(笑)

どういう人が生き残るんだろう2020年05月02日 11時02分39秒

那須・峠の茶屋駐車場
緊急事態宣言が出た後も、数日前までは那須・峠の茶屋駐車場に数十台の車が止まっていました。
先ほどライブカメラで見たところ、カラーコーンと柵でふさがれ駐車できないようになっていました。
確か昨日から設置された気がしますね。
今朝見たときはパトカーが監視していたようですが、強制排除はできないようで、数台の車は止まっていましたね。
もしくは、すでに登山に行ってしまった後だったのでしょうか。

病院の収容人数の少ない地方では、新型コロナウィルスのために医療崩壊が起きやすいのです。
仮に峠の茶屋駐車場に車を止めた人が那須岳登山で遭難した場合、重症であっても病院に収容できないこともあり、現実にそのような医療崩壊が各地で起きています。
これは登山だけでなく、交通事故などでも同じです。
とかく、このように法律を破る人は、利己主義で他人の迷惑を考えない人が多いですね。

ところで、このような伝染病蔓延の中で、食品を買いにスーパーやコンビニには客が詰めかけているようです。
そこで、この中でどのような人が生き残るのか、考えてみました。
まず、ピンと頭に浮かんだのは、横井庄一さんと小野田寛郎さんですね。
この2人を知らない人はウイキペディアで調べて下さいね。
戦後、約30年間もジャングルの中で生き抜いた人達です。
最近流行の楽しいキャンプとは全く違い、蚊やハエ、毒虫がいる中で生き抜いた人達です。

まさか私達はここまでは出来ませんが、田舎の越中・五箇山の亡くなったお義母さんは畑で野菜から果物まで栽培していました。
田舎ですから、隣の家までは数十メートルも離れていますし、外に出ても人は少ないので、あまり立ち話をすることもありません。

このように自給自足で食料に困らない環境にいる田舎の人達が一番強いのかと、思いましたね。

すべてぶっ飛んだ‼︎2020年02月17日 17時45分39秒

昨日のブログは昨年を通じて反響が一番大きかった気がしますね。
私の書いたことが正しかったのかどうか分かりませんが、反響は大きかったようです。

ところで、春に向けて色々な行事が中止になっていますね。
今月23日、天皇誕生日。
天皇陛下になられて初めての一般参賀も中止になりました。
3月の東京マラソン。
一般の参加者は募集しないことになりました。
今、五箇山のたいらスキー場では国体のスキー競技をやっていますが、テレビは新型コロナウィルスばかり放送し、五箇山のスキー競技の放送は全くありません。
どうにか富山県南砺市がネット中継をしている程度です。
この分だと、桜の花見も出来ないかもしれませんし、その後の浅草三社祭もどうなるか分かりません。

今年の宮入り道中は当町会が担当するのです。
よりによって、こんな伝染病が流行るなんて参りましたね。
密着したら危険だと言われても、神輿は密着しないと担げないですからね。
もしかして、神輿の担ぎ手と観光客、約150万人以上が三社祭後に新型コロナウィルスにかかったりしたら、どうしましょうかね。😅

五箇山も雪が無し2020年01月13日 10時21分54秒

豪雪地帯の世界遺産・越中五箇山も雪がありませんね。
この写真の先の方が五箇山トンネルで城端方面、橋を渡って手前に梨谷トンネルがあり、その先には相倉合掌集落があります。

国道304号線

この道は国道304号線で、この道路と橋が開通したおかげで、多くの村人が亡くなった人喰谷がある山道を通らなくても良いようになりました。

相倉合掌集落

江戸時代には流刑地でもあった五箇山へ、北陸新幹線が開通したこともあり浅草からも日帰りが出来るようになりました。
科学技術の恩恵を受けた一例ですね。
おかげで生活もしやすくなりました。

いかがでしたか。世界遺産 越中・五箇山2019年12月07日 18時42分38秒

ダイナミックな動きの"こきりこ節"
放送はいかがでしたか。越中 五箇山。
私が結婚した頃は、車1台しか通れないカーブの多い山道を人喰谷を越え、五箇山まで帰省したものでした。
地元の人は慣れているせいか、カーブの多い山道をスピードを出して走るのです。
私は崖下を覗きながらヒヤヒヤしたものでした。
五箇山は、昔は平家の落人が移り住んだためと、江戸時代は罪人の流刑地だったため、また、豪雪地帯でもあったため、交通が非常に不便でした。
流刑地だったため、橋を架けることも許されず、庄川を渡り向こう岸へ行くには、川の両岸にロープを渡した籠に1人づつ乗り渡ったのです。
橋が出来たのは35年前らしいので、私も帰省の折には苦労したことが想い出されます。
でも、大自然の中で不便でもつつましく生活してきた五箇山の人たちと、この自然を私は大好きです。
ですから毎年、数十回となく帰省できたのだと思います。
また、五箇山は有名なこきりこ節や麦屋節、お小夜節など、民謡の宝庫です。
ぜひ、五箇山へいらして下さい。